当初、取り寄せだったので後回しにしていて、最近、やっと買って読みました。限定的でないフロイトが登場するのが不思議です。
ヘンリー・ダーガーという個人が書いた1万5千ページのタイプ原稿と、それに添えられた挿絵、これに衝撃を受けた著者が、最近はアニメの世界で人気のある作品の8割方で戦闘美少女が出てくるというのを結びつけて論じているのですが、道具建てが、なぜ精神分析なのかというと、精神科医だからということになってしまいます。ダーガーの人生は、分裂圏の人のものだと思う(ヴィトゲンシュタインだって、掃除夫をしていたことがあるでしょう。)のですが、すべての人は神経症という妙な立場に立っているので、どうしても、フロイトが出てきます。そしてまた、知の欺瞞で攻撃されたラカンも限定なしで確実なものとして登場してしまい全体の論理がまともなのかどうか疑わせています。
ダーガーが出てくる以前に、戦闘美少女が日本のアニメに多くて、海外の映画を含めて探しても例が少ないという部分があって、「サムソンとデリラ」(「ソドムとゴモラ」だったか? 詳しくは覚えていないのですが、古代を舞台にした映画)で、捕らわれた2人の少女(けしてマッチョ系ではない)が、ナイフを持って戦って脱出するような場面があったのにと思って読んでいました。この二人の衣装が、栗本薫の「グインサーガ」の中でリンダとレムスが登場した時に来ていた衣装と似ていたので覚えていたのでした。(さらに話が逸れますが、二人はクリスタルパレスから辺境の地に転送されたはずなのに、なぜあんな原始人みたいな衣装だったのでしょう? 作品中に説明があったのに、もう忘れているだけ?)
また、戦闘美少女アニメの中には、主人公が異世界に放り込まれて始まる種類の、主人公の内面の必然性とかそういう問題から切り離された舞台仕掛けのものが多いという部分もあったのですが、そこでも、「グインサーガ」の主人公グインは、突然、森の中に記憶喪失状態で現れるというわけで、「グインサーガ」も、斎藤環氏は、戦闘美少女物に分類するに違いないと思いました。なぜ、「グインサーガ」について言及が無いのか謎です。
90年代になって戦闘美少女物アニメは、新しい設定が増えず、マンネリ状態なのだけれど、既存の設定の組合わせによる、無数のバリエーションで大繁盛していると、付加読みすれば、ほとんど「戦闘美少女ものは、アニメ界のガン細胞」としか聞こえない説も述べられていました。「セーラームーンを見ると脳が溶ける」とかいう冗談も繰り返し引用していたし。
ダーガーの作品が個人が書いたものとしては世界で最も長編なのではないか? というあたりでも、少なくとも出版されたものとしては最長であるはずの「グインサーガ」の作者栗本薫を再び、思い出しました。また、ダーガーの作品が、失われていくはずの直感像を操作することのできる能力に由来しているという解釈も、ほぼそのまま、栗本薫にも当てはまるとか思いながら読んでいました。
さらに、栗本薫は、中島梓名義で、『コミュニケーション不全症候群』を出していて、僕は岸田秀とかがバリバリ出てきたので、読むのを止めた記憶があります。すべての人が多かれ少なかれ神経症だと言ってしまうのは、斉藤環、中島梓に共通しているわけですが、これは、栗本薫が漫画家を目指していたことがあったということ、また「戦闘美少女。。」の中で、斎藤環がアニメのキャラクターには、深い人格はなくて、見える範囲で説明のつく程度の性格しか持ち得ない、あくまで表層だと言っているあたりに原因があるでしょう。二人とも、表層しか扱っていないので神経症モデルしか適用できないというようなことでしょう。詳細なメカニズムは推定できていませんが。ともかく、栗本薫は、ダーガー+斎藤環に相当しているなあ、と思ったわけです。
斎藤環氏は、もともとオタクに否定的だったのに、取材するうちに勘違いに気づいて、擁護する側に回っているそうなのですが、擁護の論理はなんなのかはっきりしません。サイバースペースに住んで容易に引きこもることの出来る現在、無数のダーガーが生まれそうだがすべての引きこもる人に才能があるわけではない。しかし、直感像を操作する能力は、コンピュータによって補われているので、やはり、ダーガーが大量に生まれることが予想され、実際、既存の漫画やアニメ作品のキャラクターを使ってポルノ作品にしたてて、コミケで売っていたりする人がいるのは、そういうそういう事態に近いというような理屈だったのでしょう。あまり擁護という程でもない気がしますが。
先取りした未来に対して過剰適応している人々がオタクというくらいの大きな括りで捉えていてもなんら問題無いと思いますが、著者は、それを、精神分析に都合が良い性的なダーガーの作品や、戦闘美少女物アニメにわざわざ限定して適用しただけに思えます。まあ、その限定によって、本がより多く売れるでしょうが、オタクについて何かを付け加えたか? という点では疑問です。
2001/10/24追記