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『古代史を読み直す』の感想

台与の時代に、中国の都が中国の奥深くにあることを真似して、東征したことになっています。他の時点の可能性も考えられるとしていますが、北九州の邪馬台国が大和に東征したということについては確実しているみたいです。邪馬台国をイメージさせる吉野ヶ里遺跡や、大和には巨大なはしはか古墳があるわけで、なかなか動かしがたいものがあります。

読んでいる間は鉄壁の様に思えていても、天皇家が南九州に上陸したというあたりが神話とか、母系の歴史を辿っているだけというのではなく事実だとすれば、上陸後、南九州を出発して東征したとすれば、大和の勢力と、東征の途中で邪馬台国の勢力と合流したとも考えられます。あるいは、邪馬台国の勢力は後ろ盾の中国の乱れや、南側の敵対勢力との戦いでそのまま歴史から消えていったという可能性も考えられますし、邪馬台国が東征しなかったのだとすれば、もともと、大和にあった邪馬台国に、東征してきた天皇家の勢力が合流したという可能性さえ考えられます。

また、神話では、播磨付近に限っても、イザナミイザナギの国産み神話は、淡路島とかが中心になっていたし、加古川生まれのヤマトタケルとか、河内王朝から越王朝の隙間に挟まっている播磨王朝の存在とかは、東征の途中というよりそこになんらかのルーツがあったように感じさせます。南九州や、出雲、吉備、越などいろいろの地域がどういう関係だったのか考えると、まだまだいろんな可能性が残されている気がします。

『王権の海』の感想

作成 2004/4/29 - 更新 2004/05/16

  

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