日記vol1

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日記Vol2

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5/5(日)

金曜日に、作業行程表を財団に提出する必要があったのを思い出しました。でも、金曜は、憲法記念日で多分休みだったのではないかと思うので、出すとしたら、木曜日で、3日も気づくのが遅かったことになります。

今日は晴れていたので、洗濯して干してきました。

日曜日はmail処理だけのために来たのですが、mailは1通も来ていませんでした。さすがに、ゴールデンウィーク中の日曜日ですから。でも、送金は1件あったし、ボードへの書き込みの反応はあったので、無意味ではありませんでした。

ソフトピアジャパンには12時すぎにつきました。たまたま一般の人も来ていて、僕の真似して入りかけたのですが、見学の人は、入れないと言われていました。ゴールデンウィーク中なので、12時でも3番でした。それでも、ソフトピアジャパンの警備の人はいるわけですし、掃除の人は、人が少ない時期を見計らってなのか、ワックスかけとかをしていました。

LEADTOOLS/OCXで、固定パレットではなく、最適化パレットで表示する方法を確認した段階で時間になったので帰りました。

どこにも出かけずに、昼寝して、「秀吉」見て、「バックドラフト」見て、眠りました。本を、すべて、ソフトピアジャパンに持ってきているので、本を読みながら眠るということがなくなっていることに気づきました。



5/4(土)

下の前歯の外側の歯茎が腫れていて、それが気になっていました。

雨が降っていたので、出かける事もせず、ずっと眠ったりTVをみたりしていた気がします。実家に、台所からはみ出した荷物を送る予定だったのですが、それも、しませんでした。買い物にも行かず、冷蔵庫の中に残っているもので生きていました。「ラストアクションヒーロー」を見ました。



5/3(金)

今日も、朝6時に目が覚めました。小さな瓶のなかに赤ヒレというメダカの様な魚が三匹いるのですが、それの水を替えました。三塚は、地下水を使っているのですが、それに炭酸が混じっているのか? 小さな泡がプツプツ浮かびあがってきていました。

気分は良かったので、また眠ってしまわずに、そのまま起きて、いつもよりはやく、8時半頃にソフトピアジャパンにつきました。多分、去年の8月にプレビュー版のWin95を使って以来懸案になっていたWin95版にようやく取り掛かれるのが、嬉しいのだと思います。

移植することを考えていたのですが、ユーザーインターフェイスについて、ユーザーからいろいろ注文もきていたので、新規に作ろうと思ってしまいました。かなり長期に渡って改良を重ねてきているので、統一が取れていないので、それを考えれば、新規に作る方が楽なはずです。あえて、締め切りは変えないつもりでいます。

VB4Ent 32bit版のバグに出会う

で、朝から、VB4でメインメニューの設計をしていたのですが、VB4には、フォーム毎に「コントロール名は254個までです」とかいう制限があって、それをいったん超えてしまうと、削除しても、そのエラーが出続けてセーブできなくなってしまうというバグがありました。ちゃんと、DOS/VマガジンについていたVB4のアップデートキットを使ったバージョンで出たバグです。悲しい。

そうやってがっかりしている時に前から、比較的良く話すマニングの人がやってきたので、ダンボール箱をなんとかしたいと思っていたので、キャビネットについて聞いたら、部屋を見せてもらえました。僕の所の倍あまりのオフィスで、新品のオフィス家具が入っていました。まだパソコンとかは入っていませんでした。8人のオフィスになるそうです。オフィス家具の総額がかなりまけてもらってでも何百万の単位だったそうです。わかってはいたものの、改めて高いなあと思いました。しばらく僕のダンボール箱は続くのでしょう。

施設見学の人が来るのが計算外で、開発するだけだからあまり見てくれは気にしないで良いと思っていたのですが。

帰りがけ、施設部の人が、ソフトピアジャパンの写真を撮ってまわっていました。たまたま、金ぴかの信長像を撮っていたので、あれは誰のアイデアなのですか? と聞いたらビルを設計した黒川氏のアイデアだったそうです。他にも、1Fには、秀吉や、家康を描いた絵画なども展示されるそうです。

夜、中学生のユーザーから、電話が2度かかってきました。小さい声で方言で喋るので、良く聞き取れないことがたびたびありました。雑誌に収録されるとモデムを持っていないユーザーの比率が増えるので困ります。でも、モデムが無い人は手紙にしてもらわないと、困ります。



5/2(木)

今日は、なぜだか、朝の4時半頃に目が覚めました。でも、結局は、もう一度眠り、生ごみを捨てて、9時頃に、家を出ました。

LEADTOOLS/OCXを使いはじめました。Emailへの返事は後回しにしました。32bit版ということで速いような気がします。それは良いのですが、興奮するほどではなくて、2、3欠点も見付かりました。

目標としては1週間で、VB側を作り、1週間で、32bit版のDLLを作り、つなげる予定です。その他、付属ドキュメントの更新も半年の間に溜まっているので、それも、しなければなりません。5月下旬が0.88の目標時期です。

拙速になりそうで、完全な上位互換は達成できないかも知れませんが、6月になれば、ソフトピアジャパンが正式オープンなので、儀式とか書類提出とかで、時間を取られるかも知れません。

ソフトピアからの帰りに気づいたのですが、ビルの玄関の傘立てが、ビルへの埋め込み式になっていました。僕の傘が最後の1本になっていて、僕が、自転車置き場から自転車に乗って戻って来たときにはすでに閉まっていました。埋め込み式の傘立てとは、さすがに新築のビルだと思いました。

帰り道、ソフトピアの西側の街路樹の様子が大幅に変化していることに気づいて、写真を撮りました。赤い花が咲いた街路樹
(34KB GIF)大洞(おおぼら)堂という本屋が、パソコン関係の本が揃っているらしい事に気づいて、本屋に行ったのですが、18日発売のDDJJはやはりありませんでした。多分扱っているが売り切れたのでしょう。



5/1(水)

9時に起きました。雨降りの日で、この前、傘の先っぽを自転車の車輪に巻き込んで折ってしまったので、折り畳みの傘でやってきました。途中コンビニによって、写真のプリントを受け取ったのですが、1枚30円で、24枚で現像料とあわせて1000円以上もしたので、今度からは、駅前の店か、ジャスコの中ので現像しようと思います。

ソフトピアジャパン

今日は、 pag1teto for Win95 にとりかかる予定だったのですが、インターネットマガジンの紹介記事の影響か、mailが普段より多めに届いていてその返事を書いていたら、14時過ぎになってしまいました。
1Fから3Fまでの吹き抜けの真ん中に金ぴかの信長像が置かれています。(とても不調和だと思うのですが、後で聞いた話では、これは、黒川紀章氏のアイデアだそうです。)1Fの真ん中には金ぴかの信長
(30KB GIF)

雨降りに自転車

雨の中を傘をさして、自転車で帰っていたら、ブレーキが雨で滑って利かずに、交差点の角のポールにぶつかってしまいました。それでも、DDJJを買いに、南の方の大きな書店に行こうと走っていたのですが、どうも自転車が重いので止まって良く見ると、なんと、タイヤの右面と、フレームが接触してブレーキ状態になっていました。

書店は諦めて、自転車屋さんに向かったのですが、もうその頃には日は暮れているし、ブレーキ状態で走ると、スピードが出ないので自転車がふらふらして、しょうがないから、傘をさすのをやめて、雨にぬれて走っていると、今度は眼鏡が、雨に濡れて、車のヘッドライトが眼鏡の水滴で反射して、視界がとても悪くなってしまいました。しょうがないなあと思っている所に突然、前から自転車が来ていることに気づいて、でも、対処できずに、その人にぶつかってしまいました。2度ぶつかったせいで、前輪の接触はなおったみたいだったのですが、自転車屋さんに寄って、直してもらいました。すぐなおりました。帰り着いて、鏡で自分を見ると、ずぶぬれで、眼鏡は曇っているという悲惨な状況でした。
5/1ということで、市のお知らせと、県のお知らせが、郵便受けに入っていました。ソフトピアジャパンの建物は、県で一番のノッポビルなのだそうです。13階までしかないのに、屋上に、光の角がついていて、90メーターあります。



4/30(火)

少し前に家賃を振り込んだときに自治会費の分を忘れていたことに気づいて500円だけ振り込んできました。

その後、郵便局で振り替え口座を申し込んできました。銀行が遠くなって不便なのでpag1tetoの次のバージョンからは郵便振り込みに対応しようと思っているわけです。まだ口座番号は届いていません。少し前に新総合通帳というのを作ったので、現在の段階でも、郵便振り込みの電信扱いであれば可能な様です。

ソフトピアジャパンに来ると、LEADTOOLS/OCXが届いていました。これで、 pag1teto for Win95版 を作れるわけですが、慌てて取り掛かると無駄な手数をかけてしまう事になるので、とりあえず、LEADTOOLS/OCXを使って簡単なソフトを作ってみて、良く理解した後でソースをまとめて変換し、その後、32bit版でデバッグなどをしようと思っています。VB4の32bit版の方がVB4の16bit版よりバグが少ないと期待しているのですが、どうなるでしょう? それに、MSDNにも、入会しないとならないかもしれません。

しばらくすると、VC++4.0も届きます。バージョンアップ期限のぎりぎりに申し込みました。これで、pag1teto のOCXを作ろうと思っているわけです。

904でメール処理などしていると、施設見学の人がやってきました。ドアをガタガタやっているので、開けて顔を出すと、部屋の中を見たいという事でした。愛想悪く、後ろを向いて、パソコンの画面を最小化したりしている内に、ダンボール箱を見てまだ準備中みたいですねといいつつ去っていきました。もっとパソコンがずらーっと並んでいれば良かったのでしょうが。

904の部屋のレイアウト 5KBGIF

今日はなぜか、904は冷房が止まっていて、不快なので、歯を磨きかけて、口を漱ぐために、歯ブラシを加えたまま、リフレッシュルームに向かっていたら、別の施設見学の一団が、7階あたりから、7-10階の吹き抜けにある彫刻を見上げているところでした。

904の部屋の水平の軸で回転する窓をいっぱいに開けて、外側についている汚れを掃除し、結局汚れではなく、傷だったことがわかって、あきらめて、しばらく、風を受けながら外を見ていたあと、立ち上がって、その窓に頭をぶつけてしまうという目にあっています。間抜け。

ノートンユーティリティーのレスキューディスクを用意しながら、財団の施設部に5枚書類を出してきました。

岐阜に行って、第一勧銀の通帳記入をしました。

その後、「HAテレコム」という店を見に行ったのですが、駅からはかなり距離があって、やはり岐阜では車を使わないと駄目なのだと思いました。店に入ってみたのですが、Macが並んでいてでも客がいなくて、奥から女性の店員が「いらっしゃいませ」と出てきたのですが、買うとしてもサプライ用品くらいで、見当たらなかったので入り口ですぐにきびすを返して帰りました。

自由書房で、「インターネットマガジン」と「インターネットユーザー」を買って、パソコンヤという店で、インクジェットプリンター用のハガキ用紙を買って、帰りました。本当は名古屋まで行くつもりだったのですが、荷物が重くなって元気がなくなりました。

帰りつくと、NTTフレンディアのアンケートプレゼントが当っていました。この時計は、クイズの賞品にします。

「インターネットマガジン」に pag1teto に少し触れた記事が載っていました。



4/29(月)

連休中ですが、計画して出かけることもなく、実家に帰る事も無く、ソフトピアジャパンセンター904で、パソコンに向かって、メールを読みJustNetにNetscapeNavigatorでアクセスする方法をJustNetの掲示板で調べてProxyなんとかの所を、www.justnet.or.jpとかなんとか、書き換えたりして一応(ホームページの送信の所は、UserIDとパスワードを聞いてきて答えても失敗するということで駄目だったのですが。)WWWとMailは使えるようになりました。

その後、256色画像のベクトル量子化圧縮の基本パタンを決めたり、ソファーに座って雑誌を読んだりしていました。

外は天気が良いので、遊びに出かけるには良いのですが。この所、毎日の様に1万歩以上歩いている(というか自転車に乗って移動しているので、万歩計の値に過ぎないのですが)ので、疲れる事はしたくありません。と言いながらも、「数理科学」「DDJJ」などが見つからないので、名古屋まで行こうと思っているのですが。P>結局、名古屋には行かず、昼寝して過ごしてしまいました。

体調

右足の小指にしびれを感じたので、ビタミンB1不足なのかも知れないとは思っています。太るからと肉類は避けていたので、そのせいだと思います。単に椅子に座っていたら、体重がありすぎて(引っ越しのドタバタで体重を計り忘れている内にまた77Kgに太っていました。)血行不良になっただけという可能性もあるでしょうが。



1996/4/28(日)

遅く起きて、笑福亭仁鶴が、出会ってから三日の内にプロポーズして、1週間の内に相手の両親に会いに行ったという様なことを話しているTV番組を見ました。

ソフトピアジャパン

昼頃に、904にやってきて、JustNetへオンラインサインアップしました。95/11頃の雑誌の付録でアクセスしていた頃のパスワードをちゃんと思い出せなかったり、ダイアルアップネットワークの所を、セットアッププログラムがやってくれているものと思い込んでいたためにうまく行かなくてリトライしていたりで、結局、5時過ぎまでかかって、取り合えずのホームページをアップロードして帰りました。

7〜10階の吹き抜けのオブジェが運び込まれていました。作者は、多田美波。題名は、「昇」(しょう)ということです。上から、光ファイバーの光が届いています。テレ朝のアークヒルズの方の建物にも、太陽の方を向いている集光機が付いていて、光ファイバーで地下食堂などの植物に光を供給していましたが、ソフトピアジャパンセンターにも同じ装置があるのでしょう。

(JPEG 19KB)

26日に本棚を組み立てて、28日に写真を撮りました。 (38KB JPEG)

三塚

夜。教育テレビで、「アラビアのロレンス」をやっていたので、見ました。これまで見ていなかったのでした。新書で、ホモ疑惑とか読んでいたのと、あるいはまた、パトグラフィーの本で分裂圏の例としても登場していた記憶があり、でも英雄視されるわけが良く分かっていなかったので、自然と徐々に名声が高まっていったみたいに思っていたのですが、そんなものではないことがわかりました。作られた英雄、汚れた英雄でもあったあたりが、わかりました。

新しい技術を思い付いても、それで他の技術を置き換えるだけなら、侵略であると、抵抗を受けるだけで、対して成功しないというのと、同じように、有限の土地を、民族間で奪い合っているだけのゼロサムの世界に、英雄は似合いません。新しい技術を使って新しい市場を発見しないといけないわけです。



1996/4/15(月)

引っ越しの積み込みの日でした。12日から、いろいろ準備をしていたのですが、結局あまり間に合っていなくて、掃除していなくて埃っぽい中で、荷物をダンボールに詰め込みました。3時に引っ越し屋さんが来た段階でもまだ、ダンボール箱は5個くらい残っていました。ダンボール箱は不足気味だったので、実質10個分くらいの荷物を、運び出している最中に、詰め込んでいたことになります。

分解した、背の高いベッドを括って、運んでいる最中に、僕が、近寄ったら、ちょうどその時に、壁に立てかけてあった鉄パイプのベッドの枠が、作業している引っ越し屋さんに倒れ掛かって、頭にぶつかりました。僕のせいじゃなくて、その時にふいた風のせいだと思うのですが、痛かったに違いありません。

大家さんが、敷金の精算に引き止めるのを、落着かない気持ちで、待ちながら、慌てて、新幹線に乗りました。自由席で3人がけの通路側の席が空いていて座りました。少しして、真ん中に女性が座りました。静岡だったかで、窓側の席のサラリーマンが棚の荷物をいじった時に、引っ越し屋さんに渡しそびれた荷物などが入った僕の紙袋が落ちて、真ん中の席の女性の頭の上に落ちてしまいました。「大丈夫です」と言いつつも、とても痛そうで、しばらく頭を抱えていました。

直接ではないですが、一日に2度も他人の頭を攻撃してしまった日でした。脳に衝撃を受けたのが、脳細胞がかなり死んで萎縮してきた老人の場合であれば、頭蓋骨の内側で内出血とかが起って、数ヶ月後に、生命の危機をもたらす原因になっていたかも知れません。

そんなことをいいながら、96/4/30だったかには、僕も頭をぶつけました。



1996/4/11(木)

ソフトピアジャパンの入居説明会の日で、朝早く起きて、東京から大垣にやってきました。まず、不動産屋で三塚の1Kの部屋を契約しました。この契約書をよく読むと、外車は止められないし、友人も外車でやってきてはいけないとなっていました。単に暴力団を排除するための方法なのでしょうが、いわゆる非関税障壁の実際を見た気がします。

契約の後、自転車を買って、家具屋さんを探している時に、たまたま、ソフトピアジャパンに来ていた藤沢君に出会いました。彼の方が先に気づきました。確かに、ソフトピアジャパンも顧客の一人だとは行っていましたが、二人とも東京から離れた距離で、偶然にも会うとは思いませんでした。

その後、自転車置き場が見つからなかったせいで、入居説明会に10分ほど遅れて到着し、汗をふきふき、入居説明会を聞きました。


日記Vol2

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