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日記Vol.15

日記Vol.17

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8/10(土)

1:00くらいまで、VB4.0のバグについて調べていました。その後も、NIFTYや、インターネットで、対応版が出ていないか探したりしていたのですが、見付かりませんでした。
1:30頃にソフトピアを出ました。

11時過ぎに、ジャスコからヘッドホンが直ったという電話がかかってきて目が覚めました。例によって、眠っていたり、寝転んでTVを見ていたりの無為な一日を過ごしました。

8/9(金)

朝8時ごろ起きたのですが、ぼんやりTVをみたりしていたので、ソフトピアに来るのはいつもと変わりませんでした。NHKのニュースで、ソフトウェア特許を来年の1月から認めるというのをやっていました。すでに、ソフトウェア特許はいっぱいあるはずなのに、変です。多分、これまでより緩くなったガイドラインが提出されるということなのでしょう。最近、NIFTYのFLAWを読んでいないので、また、読むようにしなければなりません。

浅野さんへの返事のmailを書いて、でも、続きは後回しということにして途中までのmailをおくりました。

匿名での罵倒でした。

罵倒リンクについての報告が2件あったので更新しました。表現としては、パソコン通信上ではもっと激しい罵倒があったと思いますが、今回のは、匿名での罵倒に対して人気投票をするという形式になっていて、卑劣な感じがしてしまいます。書いている本人がどの程度愚かな人かというのを示す事で、無効にするという対処ができません。検索エンジンのロボットに対して、読み出しを禁止するファイルを用意しておけば、検索エンジンに見られないようにすることも可能なので、もしかしたらそんな風な隠密行動を取っていた可能性もあります。

公正を装う罵倒

投票についても、もちろんリンクした事を知らせてもらっていないわけで不在裁判です。誰が投票したのか知る由もありませんから、投票の正当性についてもいくらでも疑えます。

罵倒の被害が避けられない可能性

手元にサーバーがあれば、リンク元を調べた上で罵倒リンクからの立ち入り禁止の対処も可能なのでしょうが、一般のホームページではそうはできません。

国の予算で罵倒を保持

罵倒リンクを置いているのが研究機関の実験サーバーみたいな場所の様で、国の予算を使って、罵倒されているという可能性さえ出てきました。

TechWinが廃刊になるのと、京都インターネットが廃止されるのとどっちが早いかというのが、僕にとっての関心事ということになります。

ジャスコによって三塚に帰って昼寝して、18時半頃に戻ってきました。

マイクロソフトのVB4.0のバグで、また延期

わりと快調にプログラムは進んでいて、今日中にアップロードできそうだったのですが、VB4.0から名前を付けて保存のコモンダイアログを呼ぶと、選択した拡張子とは関係の無い、commondialog1.filterindexの値が返ってくるというバグに出会って、行き詰まってしまいました。VBは大勢が使っていそうなものですが、マイクロソフトに電話をかけると10分は待たされて、それで報告したところで、マイクロソフトがいつまでもバグをとらなければ信頼性は、全然上がらないわけです。と言って、これから、Delphiに乗り換えるのもまた大変です。(日曜日になって、VBのバグではなかったらしいことがわかりました。再インストールで回避できました。)

8/8(木)

8時ごろ実家から電話で、お見合いの話があるとか言っていました。

10時過ぎにソフトピアにやってきたら、隣の905のドアが開きっぱなしになってbeepがなりっぱなしでした。普通は、自然に鍵がかかるのですが。出っ張り部分が出たままになっていました。異常事態に思えたので警備の人に電話してきてもらいました。

11時半から中日新聞の人の取材の続きがありました。まず写真を撮って、次に、ホームページを見せました。画面を見せながら僕がページをめくりながら説明していたのですが、ほぼ終わりの所で、順次、次に進むリンクが切れていて、直さなければとか言っていると、取材の人は時間が来たみたいで、「では」と言って帰っていきました。なんとなく、喋っているのを、笑顔で聞いてもらえている時間が、突然終わった様な気がして、喪失感を味わってしまいました。

915の澤さんを取材するのかと聞いたのですが、5人はすでに決ってしまっていて、予定には入っていないということでした。

気分転換のために、自転車で1時間くらいフラフラしていました。今日は曇りなのであまり外が暑くないので、大丈夫でした。

戻ってきても、まだプログラミングする気分に慣れなかったのでソファーで「Internet User」を読みました。雑誌が届くのが遅かったせいで、発売から2週間の間は無料で使えるアクセスポイントの情報に気付くのが遅れたなあとか思いました。

結局、プログラミングに戻れずに、ジャスコによって三塚で食べて、昼寝をしてしまいました。

18時過ぎにソフトピアに戻ってきました。すでに、1Fのイベント会場は5時で終わっていて、祭りの後の寂しさを示していましたし、9Fにも、お盆でさすがにあまり人がいないみたいで、さびしい気分になってしまいました。部屋にはドアの下の隙間から、住友生命の名前の入った特別編集版テレビガイドが入っていました。

プログラミング

プログラムの仕様変更の部分は、半分ほど出来たし、数回書き換える問題も避ける事ができました。残りは、さらにまた仕様変更する事にしました。でも、今度はちょっとスペックダウンです。ということで、後は保存とか、ドキュメントとかを付けて今度こそ今週中にアップロードしようと思っています。

場合によったらこのプログラムを元に書く方が、LEADTOOLSになくて、ImageKnifeにはあった機能を自分で追加しながら、pag1tetoの32bit版を作るより、楽かなとも思います。

夜の来客

僕が寂しそうにしている日記を読んだせいか、10時過ぎに、914の澤さんとデザイナーの松原さんと915の大淵さんが遊びにきました。最初、澤さんたちだけが視界にはいっていて、大淵さんはドアの陰にいたので、ちょっと珍しい気がしたのでした。

澤さんは、かなりストレスが溜まっている感じのちょっと険しい表情の頻度が高くて、普段のニヤけたような、あるいは人を小馬鹿にしたような表情は出てきませんでした。松原さんは、寝不足の赤い目をしていました。

関係無いのですが、糖尿病でも、目が充血したり、重症になると網膜剥離に至るとかいうのを最近TVでみたので、父親の病気のことを思い出しました。でも、とりあえず食事制限くらいで様子見ということなので、そんなに大変でもなかったようです。複数の病気というのも、風邪ひいて病院に行ったら糖尿病も発見されたくらいのことみたいです。

大淵さんから、林さんが大淵さんと同じく早稲田大学の出身で、演劇に興味がある人だとかいう話を聞きました。僕は、林さんからは林さんのことを全然聞いていなくて、自分の事だけ話していました。というか、まあ、インタビューされているのだからそれが普通だと思うわけですが。あ、そういえば、「ダウンタウンDX」という番組をヒントに「発想辞典」のページを作ったと説明したときに、「TVを見ない人なのですか?」と聞いたのですが、それで、TVなんか見ている暇人なのかと、馬鹿にされて、取材を打ち切ったのかも知れません。

澤さん達を占って、インクジェットでプリントしている間、自動販売機のある部屋に移って、また、しばらく話していました。夜遅く自動販売機のランプが全部赤になるのを見るのはこれで2度目です。「閨閥」という言葉が出てきて、閨閥の漢字が思い出せず、大淵さんが「門構え」と言ったときに、それは閥の方では? とか言ってしまいました。両方門構えだったのでした。刑罰とのイントネーションの違いとか、インセストタブーの話とか、医者の話とかしていました。大淵さんは、日本銀行に売り込みに行って買ってもらった話とかもしていました。

8/7(水)

9:13に起きて、取材があることを思い出してシャンプーして、玄関でバナナ1本食べて出てきました。

白に紫のトレーニングウェア

今朝も、ソフトピアの西側の道で、揃いのトレーニングウェアみたいなのを来て車に乗り込みつつあった数人の若者から、「オタク」と後ろから声をかけられてしまいました。無視していますが、今は夏休みなので暇なのでしょう。

ちなみに、その北東の方に数軒行った所には、庭一面がテニスコートになっている日本風家屋があり、その南西の方には、無数のトーテムポールの立った家があります。

日記を更新し、少し遅れてbutamanのアクセス数の推移グラフを更新しました。

14:00頃に、ショップピアで巻き寿司のパックを買って食べました。ショップピアでは、「昼休みに食事が取れないほど忙しいのですね」と、勘違いされてしまいました。単に、昼休みに食事すべきだと思っていないだけなのですが。

インタビュー

インタビュアーは女性だったので、セクハラで訴えられている三菱の記事を読んだこともあり、例えば、大学の研究室ではそうするのが正しいとか読んだことがあったので、近所迷惑ですがドアを開け放しておいてインタビューを受けました。お陰で、905の石淵さんたちも、ちょうど同じ頃に人に会うみたいだったのですが、よそに行って話をしていたみたいでした。小学校の時の同級生で、いつもおびえて首を竦めていた様な感じの女の子がいたのですが、その子を思い出しました。

聞かれるままに答えていたのですが、星占いの話ばかりになってしまった感じがします。30分のはずだったのですが、1時間で終わらずに、明日続きと写真撮影ということになりました。喋っているうちに、喉は痛くなるし、頭は熱っぽくなるしで、風邪をひいたのかと思いましたがしばらくすると直りました。その後記者の人は、915のマニングの取材に行ったそうです。

古野さん

僕はココアを飲みに、自動販売機の所に行ったのですが、見た事があるような無いような人が座っていたので、9階の人ですか? と聞いたら、財団の総務の古野さんという人でした。この所、とても忙しくて昼休みも取れず、ようやく時間が出来たので一休みしていたのだそうです。名刺をもらったのですが、以前、柳生さんにもらった名刺には、ソフトピアジャパンの完成予想図が書いてあったのですが、もらった名刺には、完成したビルの写真が載っていました。

古野さんは、僕のホームページを見た事があるということで、僕は名前を知られていました。

シェアウェアの定義

僕の名刺にはシェアウェア作者と書いていたので、しばらく、シェアウェアとは何かについて説明していました。そこに、914の澤さんが現われて、しばらくシェアウェアの機能制限はどこまで許されるのか? という問題を話しました。
日本におけるシェアウェアの定義は、NIFTYの送金代行係の人が決めてしまっている感じのする部分がありますが、澤さんの定義はそれに近いものになっています。
以前に書きましたが、日本におけるシェアウェアの意味はアメリカと異なっていて当然であるという様な意見を主張する人もあり、NIFTYの出すガイドラインも、知らないうちにどんどん緩いものに変わっていっています。また、例えば、PC-VANのシェアウェアサービスステーションの場合、機能制限の程度については、NIFTYより緩い考えを持っています。もともとNIFTYだけで、定義可能なわけではありません。
多分、インターネットでデジタルキャッシュが普通になった頃には、ベクターデザインのサイトなどでも送金代行が可能になり、製品版のデモもシェアウェアも連続なものとして扱われていくことになると思います。

バグレポートを送ってくれたり新しい用途を発見してくれるユーザーはありがたいですが、それを金額に還元するのはなかなか難しいものがあります。なのですべてのユーザーに平等な負担を期待するのは、難しい部分があります。

新製品によって意味を無くすと思われた計画

その後、905の石淵さんに、この前の夜に議論していたテーマについて、時代が進んで無意味になっているのではないかと言ったのですが、もっと高い理想を追っているので、それくらいでは影響はないみたいに言っていました。905には3人の男性がいるのですが、田中康雄に似た人ではないもう一人の人が、36歳だという事を聞きました。全然もっと若く見えてしまいます。905の石淵さんもこの日記を読んだそうです。

この所、身近に読者が増えたのを意識して、量を余計に書いているかも知れません。

寅さん

洗濯する必要があるので、お腹は減っていなかったのですが、ジャスコによって三塚に帰りました。

渥美清氏が死んだニュースや特別番組を放送していました。昔々、「歌謡ドッキリ」で、歌手の中原理恵さんを占ったときに、相性の良い有名人として、渥美清の似顔絵を出した事があります。しばらくして、寅さんシリーズに中原理恵が登場した事があって、僕の占いの影響かなと、例によって関係妄想気味なことを思った事があります。それでもって、その映画にあまり客の入りが良くなかったとかいうことにまで責任を感じたりしました。

TechWin

ソフトピアに戻ってきたらTechWinの人からmailが来ていました。TechWinの態度が変わるのかと思っていたのですが、返事では、やや、過去を正当化する姿勢が出てきていたので、さらに攻撃しておきました。シェアウェア作者として、ユーザーから送金を期待するためには、雑誌社を甘やかすわけには行きません。特に、強者に対しては、強い態度で権利主張しなければ、でたらめな理屈で正当化して居眠りを始めるに決っています。

プログラム

スクロールバーが出た状態での書き換えの頻度を減らすための仕様変更による混乱がようやく収まりました。こんな小さなプログラムなのに書きかけてから仕様変更というのは、なさけないものがあります。

日記を更新しました。

23時半過ぎに出たら、大淵さんが車で駐車場から出てくるところで、しばらく車と自転車で並走しながら喋っていました。インタビュアーに僕のことばかり喋っていたよとかいうことでした。

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